<   2005年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

おひさしぶりでーす

いやー。ずいぶん滞ってましたね、更新。

今は何を隠そう沖縄にいます。
沖縄と言えば青い海、とかバカンスを想像されるでしょうが
私は勉学に励むのみです。
試験。レポート。論文。
やることめじろ押し!
おもんない!かといえば、そうでもない。
日本にかえってきてお米のおいしさとか、
沖縄のゴーヤーのおいしさ(旬でないけど)とか、
友達とか人の優しさとか、逆に遠くなってかんじるヨーロッパの愛おしさとか
いろんな優しいおもいのなかで
自分は確実にやるべきことをやっていくのみだな
とやたら落ち着いてます。

今はここに来てイタリアのある教会についてのレポートを書かされていて
イタリア語を訳してます。
なんでここに来てそんなんてんやってんやろとか
おもうけど、ま勉強なるからいっか。
論文書く時間が確実に削られているのにも気付いてますけど。

そんなことでしばらくは
ある建築学生の日記 in 沖縄
おつきあい頂けると幸いです。
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by motolina | 2005-01-25 10:24 | 徒然なるままに

norway

のことを書こう書こうとおもいつつ、今日に至ってしまった。

ノルウェーで私は、ノルウェー人って
頭がいいなと思った。
自分たちにとって何が大切で、何が守るべきもので
何が得意かというのを分かっていて
それを着実にアピールし、無理はしないということ。
己を分かっているな。という感じ。

国土はそれなりに広いが何せ、人口450万人。
なにかダイザイ的なことをしようなら、やはり人口の大きな国に負けるだろう。
今だったら中国とか。
しかし、ノルウェーの人は(と一般化していいのかわからない。
少なくとも私が出会ってお話したひとは)
彼らにとってやはり偉大でまた恐れの対象でもある自然というものに、
それこそ畏敬の念を抱き、
その自然からの天然資源に恵まれ、
科学技術などでも常に自分達の特異性を活かした
(水力発電豊富とか)産業の中で活躍するのだ。
その産業はニッチであったりする。
独自のものを提案しようと思ったら、常にそこに新しい産業ができるわけで
自然とニッチになってくるわけだ。
マジあたまいいなあ。

第二次世界大戦における占領軍(ドイツ)に対する反応も
我々は人口も少なくとてもたちうちできないので、
おとなしく占領されたというのだから、
なかなか自分の実力が分かっているのである。
結果被害は少なかったという。

結局他の国をみていていつも最終的にいきつくところは
日本は、自分達の独自性を分かっているか
ということだ。
就職活動でも自己分析→活動
ではないか。
自分をわからずしてアピールのしようがない。
日本の素晴らしいところは
やはり
技術と
特異な文化
そして
人々の勤勉さ
であろう。
英語がなんたらとかいっているが、それは自分達をアピール出来る程度
できたらいいのではないかと思う。
私たちの特異な文化は純粋なものとして絶対に守ってゆくべきなのだから。

いつも思うが
きっと私の一番したいことは
祖国(というと愛国心まるだし!?)
に貢献することだ。たとえどこに住んでの活動であっても。
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by motolina | 2005-01-13 07:26 |

写真など

今日は現像に出してた写真をとりにいった。
この間のスペインの写真。
バルセロナは光が強かっただけあってけっこううまく取れてた。
フィルム写真なのですぐおみせできないのが残念。

そうそう
ガウディのサクラダファミリアはこれから完成するのに
何百年もかかるらしいが、正直本気で製作に取り組んでいるようには
とてもみえない。
そういう特異性をいいことに、チンタラ仕事をしてるというのが本音ではないだろうか。
あと、しょうがないことだが観光地化してしまい、
当初の立地関係がよく分からなくなっていることが
残念だ。
だいたい教会が金取んなよ。高過ぎます。
値段のわりにどうなんだ?というのが、他の様々な教会も見歩いてしまって
いる人は思うだろう。
ま、でも一見の価値はあると思いますけど。
(どっちや!?)

ちなみにうちが建築で一番感動したのは、
ローマのパルテオンかな。
ローマは今まで自分が西洋建築史の教科書でしか
みたことなかったものが、
目の前に広がるという意味で、
素晴らしいところです。


いままでうちがイタリアに住んできて
建築的にも街の美しさ的にも
見ておくべきと思うのは
一位 ベネチア、ローマ(こうおつ付けが足し)
三位 フィレンツェ
だろね。ミラノはイタリアの都市的には30位くらいかね。
ブランド物好きのひとにはたまらんかもしれんけど、
街の美しさ的にははてなですね。
仕事でくるのはいいと思う。チャンスも刺激もいろいろあるし。
でもバカンスでくるにはどうなんだろ。

でもバカンスの位置づけにもよるね。
リラックスなのか、なんらかの刺激なのか。
最近私の中ではリラックス優先ですね。
うまい食事と自然。これがあれば十分です。
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by motolina | 2005-01-12 06:44 | 建築 &design

こんにちは

なんだか、今日は頭がぼおーとしています。
よってにやることなすこと駄目な日でした。
ま、こういう日もあるよねええ。
何日か前から常にこめかみのあたりから、その上部にかけて
鈍く痛み、食欲もない。
腰も何か痛い。
頭がボーとしているため、すごく動きが鈍く
へまばっかりしてます。
最近精神的に限界かなと思ったりしてます。
一人でここに住んでいることにすごく孤独を感じたり、
誰か(自分の家族かこれから家族になろうって人だとおもうけど)
と一緒にすめたら心安らぐだろうなあっておもったり、
そしてこういう感情はたぶん普通のことで
ひとり強がる必要はないんだろうなあと思う。
たぶん私はずっとがんばってきたし、
これからは無理せず自分のできることをゆっくりやっていこうと思う。
建築もそういうスタンスで、じっくりやりたい。
人が幸せに感じる空間を作るためには
自分自身も充実してる必要があると思うし。

しかしこの頭痛。理由はなんなんだろう。
ちょっと恐い。。。
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by motolina | 2005-01-12 06:28 | 徒然なるままに

気分が。。

どうも今日は気分がすぐれない。
吐き気すらする。
もうすぐ月のものがやってくるんだろうか。
なんか部屋の中の空気がよごれている気がして、
窓をあけても大きな道路に面していて空気がきれいなわけがない。
ここは世界でも空気が汚い街10にはいるらしいし。
こういう日は精神的にもどよーん、いらいらでだめですね。

ああ、気分悪い。
昨日はのりのりでべんきょーもいい感じだったのになあ。
ううう。
自然のなかに行きたい。
森の空気。新鮮なピンとはりつめた空気。いいなあー。
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by motolina | 2005-01-10 00:07 | 徒然なるままに

理系好き

私は理系好きである。
かくいう私も日本でもイタリアでも工学部にいるから理系である。
でも、建築に限って言えば理系なのかフメイのところ多しだと思う。
建築に重要なのは空間認識能力と、大きな目線で物をとらえる力、あとはさまざまなひととのコミュニケーション力とか、美的センスとか
数え上げれば切りがないけど、そんなとこであって、でこれが理系か?といわれると少し謎である。
しかし、物理や数学ができないと致命的であることも事実であると思う。
でも、物理っていっても力学で十分であるとおもうし、
数学っていっても、なんだろな導いていく力みたいなもんで、
もち計算ができないと困るけど、そんなに難しく考える必要はないと思う。

もち国語力もいるし、地形などと大きく関わるから地理学とかも重要だし、生物の勉強もいるとおもうし、よってに純粋に理系かどうかはなぞである。
そもそも理系文系と区切ってしまうことは、あまりに浅はかだ。
分野によっては、研究を突き詰めれば突き詰めてゆくほど、狭い分野に入っていくことはある。理系の研究といわれるものほとんどそうかもしれない。
専門的な知識も多く必要だから、その勉学に費やす時間も多くかかるだろう。
しかし、真の研究とは創造性の極めて高い分野である。
なぜなら今まで誰もなし得なかったことや、未知であったことへの挑戦なのであって、そのアプローチには独自のやり方が求められるからだ。そういうことのヒントは多分日常生活や、また自分の専門分野外に転がっていることも多く、自分の専門への打ち込みもさることながら、他の分野との交流も大事な要素となってくる。

私がなぜ理系がすきかというと、その道の専門家たろうとしている点が好きなのである。なにごとにもプロフェッショナルな態度を貫いている人が好きだ。
なんというか職人的なというか。私もそういう建築家になりたいと思っている。
そう言う意味で、建築に対して、世界中にそのまま導入できるプロトタイプのようなものをつくる必要はないと思っていて、各人が土地土地の専門家となるべきだと思う。そしてそうなった上で、その上で大きな視野で物を見るということを実践し、国際世界で活躍すべき(別にしなくてもいい、したいならという意味)だと思う。
一つの専門分野をもってこそ、その応用を考えることができるのではないだろうか。
名無し草はあきまへん。
よってに、たとえ文系の勉学をしたひとでも各人が自らの専門分野をもっているならば、それは私にとって大変に魅力的な人物であるとおもうし、逆に理系出身であってもそうでなければ、わたしにとってはあまり魅力的でないと思う。
今は残念ながらというべきか、結果的には理系出身のひとのほうが、専門的なものを持っていることが多いのかもしれない。

そして、また別の理由として、理系には夢があるのだ。
これはたぶん二年ほど前であったとおもうが、春頃に大阪の中之島公会堂でおこなわれた、大阪大学系の理系のシンポジウムで大いに感じたことであった。
大阪大学はロボットの分野になかなか強い大学で、そのときは大阪出身の偉大な漫画家であり医者であった、手塚治が生み出した鉄腕アトムと掛けてシンポジウムをやっていたのだが、それが大変におもしろかった。
こういうシンポジウムありますっていうのをたまたま新聞でみつけて、
私としては単に改装が終わった中の島公会堂の中身をみたかった(普段は中身は未公開)のと、好きな作家(ドキュメンタリー作家っていうのかね??)の立花隆がくるので、おお!行こうと思い、もうしこんだわけだけど、あれはかなり刺激をもらいましたね。
その時の資料日本においてきてるのでお名前までおぼえてないんだけど、
大阪大のなんとか教授(3人くらいいたけど)が、『我々がこう言う研究をしているというと、すぐに一般の方はそれがどういうふうに役に立ちますか?と聞くらしいが、
そう言うことの前に純粋に研究することのおもしろさを、そしてそれがどんな風に役に立つかという小さなことにこだわるのでなく、我々は人間の技術発展のために、やっているのです』といっていたのが印象的であった。そして同時に『そういう研究が続けられるような社会を』といっていた。日本はなかなか勉学を続けるのが難しい国である。若い研究者に対する経済的援助も整っていない。若く才能のある研究者が経済的理由のために研究をつづけられないということがよくあるようだ。
この分野はアメリカはかなり発展している。研究者がきちんと社会評価される土壌が出来上がっている。日本も技術立国であり、今の国際社会に大いにアピールできる材料なのであるから、こういうところに力をいれて、またお金もかけるべきだと思う。
今すでに優秀な人材の流出ははじまっているし、今手をうたなければ、ヤバいことになると思う。

もうひとつ印象的であったことに立花さんの『専門家は自信をもって大衆を引っ張っていくべきだ』といったような(ニュアンス一緒。言い回しはちがったかも)言葉があった。具体的にはロボット倫理のことなどでこの業界は暴走していて、もっと大衆の意見を聞くべきだといった意見への反論で、『専門家は確実にその道の素人よりもこの分野について詳しいわけで、おおくの時間エネルギーをさいてきているわけで、パッと見または聞きでいろいろ言う人の意見に一喜一憂することはない、自信をもって自分達の研究していること、またその筋道を説明すべきだ』という意味のことをおっしゃっていた。
なるほどな。こういう意見はどういう分野にも応用出来ると思う。
例えば建築でも、ぱっと思いつきの消費者の意見を汲み取って、その意見にこびることはない。我々専門家が、一般の消費者を啓蒙するぐらいの意気込みはひつようだ。
どこかのハウスメーカーのように、部屋をブロックにみたて、営業がお客さんととももに、ブロック積みごっこをして家を設計するというのはどこか間違っていると思う。そんなことだから、意味フメイの思想のない建物ばかりなのだ日本は。
もちろん我々は消費者つまり利用者の意見を聞き、汲み取ることが重要だ。
そうでなければ、ただのエゴ建築、建築家のマスターベーション建築になってしまうからだ。そうでなく我々が専門家として、さまざま知識を駆使し、さまざまな人脈を駆使し、人々の暮らしを良くしていく手助けを、自分の専門分野からアプローチしてゆけば良い。そういった専門知識を我々はもっているはずだ。多くの時間とエネルギーを掛けてきているはずだ。もし、そういうことをする自信がなく、大衆の同レベルの知識しかもたないと思っているのであれば、建築家と名乗るのをやめてはどうか。建築家は人気職業であり、きっとあなたがならなくてもなりたい人はいっぱいいるであろうから。それでもなる覚悟のある人間がなればよい。

よーするに言いたいことは、何かの専門家たれということ。
そして各々が専門知識を持って寄り集まった時、世の中は良い方向に行くのではないかと思う。潰しの効く人材とかってよくいうけど、それと自分の専門をもたないことは違うと思うゼ。

以上辛口motolinaでした。

そうそう中之島公会堂の半地下の食堂(改修前はほんと食堂ってかんじだったけど、
今はカフェテリアかレストランってかんじだね)はオムライスもおいしいしお勧めです。明治時代のかほりすらしまっせ。
文明開化時代の香りかな。
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by motolina | 2005-01-09 02:40 | 徒然なるままに

食 なすびのリゾット

あと1週間ほどで日本に(一時)帰国するので、
最近の私の食は残飯処理で構成されている。

今日のメニューはなすびのリゾット
材料 なすび
   米
   ニンニク
   水
   オリーブオイル
   塩
   胡椒
   コンソメ
   チーズ二種
   醤油少々
といういたってシンプルなもの。だってほかにほとんど材料ないねんもん。
米も前に炊いて冷凍しといた日本米で、冷凍しようにも、
電子レンジがないからこういう使い方以外に思い付きまへん。

特徴は上質のオリーブオイルと二種のチーズかね。パルメジャーノレッジャーノと
子豚型したチーズ(名前忘れた)です。名前忘れてたら誰にもつたわらへんやん。。
ちょっと反省。
そして最後に一たらしする醤油。小さな文化融合に今日も乾杯。
個人的にビールに合うと思われます。
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by motolina | 2005-01-09 01:03 | 生活

自分を総動員するということ

1月5日、6日とアルプスのほうへスキーにいってまいりました。
いやー、さいこーだった。
やっぱ自然のなかでのスポーツが一番!
とりあえず滑ってるって段階で、明かに前より下手やが。
もうちょっと上達するとたのしいやろなー。
上達のためにはみっちりしごいてもらうのがなによりやろなー。
機会があればやりたいもんや。
しかし、ここでは5月頃まで滑れるとのこと。
日本で言う北海道の感覚かな。
また今シーズン中にいきたい。
またノルウェーで滑るって手もあるし。

今気付いたけどさっきからスベルスベル連発で、受験生のみなさんすいません。
今日本はそういうシーズンですね。
ま、受験生でこれ読んでる人はおらんと思うねんけどどうでしょう。

さて、昨日からわが町ではsaldiセールが始まりまして、
この時期はここに住んでてほんとよかったと思う瞬間でございますね。
昨日かっちゃいましたよ。さっそく。スーツを。うふ。
今度日本でいるんで。
これはファッションのページにかこっと。

で、今日は大人しく家でべんきょーしてます。
レポートの最終まとめ
今何をしなければんらないかを明らかにしています。
何をしなければならないか、何をしたいかが決まれば
あとはこっちのもんですからね(誰との勝負や?)
進むのみです。

さて題名。
自分を総動員することですが、
最近思うに、
自分を総動員できる仕事(べんきょーでもいい)
を出来るというのはかなり幸せなことで、理想的なことかもしれないなあと
思うのです。

たとえば、私は今日本に建築のレポートを書いているのだけれども
これが、essattamente(正確に)建築のレポートなのかというとフメイです。
ちょっと異色かもしれません。
なぜなら、今私がヨーロッパにいて思うことなど、かなり折り込まれているし
そう言うの抜きにしても、やはりこちらにいて
日本をながめることとかが自然にはいりこんでいるからです。

例えば、jamiroquaiいいなーと思って、
デビューアルバムを買った訳ですが、
そこで彼らは自然破壊や反戦について訴えている。
それはレイチェルカーソンが自然破壊に対する警告をおこなったように
形は違えど、方法は違えど根本的に同じことを言いたい訳です。
地球上で人間がもっとも危険な生き物で、同じ種の親兄弟をも殺し合う戦争
ってことをしている。それはものすごく侮辱すべき、そして浅はかなことだって。
そう言う思いは、建築とも決して切り離されたことではないはずです。
日本における産業廃棄物のほとんどは建築土木の分野から排出されているわけで、
そのことを考えずにはおられないし、
美しい自然のなかに、建築家がエゴのかたまりのような建物をつくってみたり、
それによって生態系をみだしてみたり、さんざんじゃないっすか。
よって自分が興味を持ったことは、実は全てがつながっていて、ひとつひとつは別々にみえても、実はそうではないんだと言うことです。

同じような言い方で、自分が今まで歩んできた人生、その一つ一つ
回り道して一見無駄に見えることでも、無駄なことなんて一つもないと言うことです。もちろんそれは一時一時をしっかりと、一生懸命に生きた場合に限ると思いますけど。今なんだか自分は無駄なことをしてるんじゃないないかって思う人も、
それが自分でよく考えてした決断であったならば、決して無駄ではないはずです。
というか、そのことが無駄でないように今後の人生を歩めばいい。

たまに、女性は子供を生んだりする時に何年か(人によっては何か月か)仕事を休むことになるかと思いますけど、そのことについて、時間の無駄をしてしまうとか、
キャリアが遅れるとか言う言い方をすることがあります。
確かに,一見して今までしてきた仕事の側面だけから見るとキャリアの中休みに見えるかもしれない。しかし、実際にはそれによって広がる世界もある訳で、人間的には明らかに成長するでしょう。というかそうでなきゃやってられませんでしょう。
今の日本の空気は、そういう“遅れ”(と彼らは呼ぶ)を許さない空気にありますね。許したとしても、それが明らかに評価される状態にない。大きな視野で物を見れる人をほしがらない傾向があります。それは、仕事ができないとされる人に対する態度にも出てきます。それは体に障害がある人に対する態度にも出てくるんじゃないでしょうか。彼らに対して、健常者と物理的におんなじことを求めて、それをおんなじ基準で評価するというのはおかしなことだと思います。
就職活動用語で第二新卒と言うのがあるらしいですが、就職して一年二年目のまだどこの企業にも染まっていない人らを新卒と同じように取ることをいうらしい。
日本企業はほんとうに“染まってない”って言うのが好きですね。
ハッキリ言って、それはバージン好きとおんなじ理論であると私は思います。
征服欲でしょうか。つまり自分に自信がないんでしょう。
他での経験を生かせるぐらいの土壌がないと宣言しているようなものです。
ま、そのかわり何にも知らない人間に20万ほどの給料と様々な保証を与える訳ですから大したものですが。
もっと広い器で人を雇える会社が増えればいいのにと思いますが。
ま、大手では無理でしょうね。
これからはフレキシブルな中小の時代です。
フレキシブルであるということは、知的であることの必要条件であると思う今日この頃です。フレキシブルは私の辞書だと臨機応変と訳されます。
いくら知識があっても、マニアル人間は私の中で決して知的な人間ではありません。

みなが自分の能力・興味・性格を総動員して仕事が出来る状況が少しでも増えれば、
ある一定の枠に自分をはめることができず、社会参加を半ばあきらめている人間にも活路は開けて来るんじゃないんでしょうか。
無理せずに、自分のままで、それが評価される時代を望みます。
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by motolina | 2005-01-09 00:33 | 徒然なるままに

jamiroquai

って改めていいですね。
jey key がかなりかっこいいですね。セクシーですね。
彼はポルトガルの血とイギリスの血が半々で、ジャズ系のレーベルからのデビューだったんですね。今回初めてしった。
デビュー時に環境破壊反対とか反戦とかをうたい、その衝撃はスティ—ビーワンダーの声とジョンレノンの心を持つ男と評されたらしい。その表現は、そうか?と思うが、たしかにビジュアル的にも、音楽的にも今までになかったのは事実だろう。
いままで、ビデオクリップでみる彼の軽妙な動きとかから、音楽のもつリズム感がいいんだろうなとおもってきたけど、歌詞もいいすね。
あとやっぱ声やろな、のびぬようなセクシーな。彼の母親はジャズ歌手らしい。
デビュー時の大きな帽子は彼のお母さん手作りらしい。
へ〜って感じですか?それとも周知の事実ですか?

私はアルバムa funk odysseyしかもってないけど、今回ふるいのとか聞いてみてめちゃよかったので、今度かってみようかなー。
ライブとかもいきたいなー。
彼の音楽って自然に体が動き出す感じだよね。
うむうむ。

かれの昔のビジュアルもかわいいけど、今もかっこええっすなあー。
たぶん私帽子をうまくつけこなす(?)人によわいな。
自分も最近帽子好きやし。
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by motolina | 2005-01-05 04:44 | 本・音楽・映画

帰国時の目標 すること

前にも同じようなこと書いた気もしますが
改めてまじかに迫ってきたので書いてみましょう。
いつも帰国前ってテンション高なんすね。
やっぱうれしいんやろね、私も。
ほっとできるし。

大きな目標は別にして
ちいさいけど大事なこと

日本ではたらくにしてもこっちで働くにしても、
いづれにしても自分が食ってく方法ってのをさぐる
具体的に、人に会ったり話聞いたりして

サランラップを買い込んで
ヨーロッパの友達に配りあるき日本の技術を自慢する準備をする

ギター侍のねたを見る
(ってまだやってるんですかね?めっちゃきになってるんすよ。
写真はみたけど、まだ動画はみれてない!)

本を読みあさる時間はないと思うので厳選して買いあさる。

友達に会う。さすがに社会人してる友達が多いので
いろんなはなしきくのもいいかも。

IT関係の技術の進歩度をみる

HP作成ソフト、3Dソフトの技術を身に付ける準備

マックにos10.3を入れるかどうか決め、入れるなら入れる。

美容院にいったりするなどして美的施しを加える
メンテナンスせなもちません。お肌のまがりかど25歳。(初年齢公開)

英語の勉強を机の上でも少ししてみる。

みにいきたい建築をみにいく。
大阪の新しい国際美術館、などなど。

そんなとこかしら?
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by motolina | 2005-01-05 04:00 | 徒然なるままに